私は天使なんかじゃない









独房と脱出






  実験は人類の専売特許ではない。





  ボルト101からの脱出。
  私はパパを求めて故郷を出て来た。……追い出されたという流れはスルーでお願いします。
  ともかく私は外に出た。
  スプリングベールという街の残骸で一夜を明かした。
  そして……。




  「ちょっと大丈夫?」
  ゆさゆさ。
  誰かに体を揺らされている。
  うーん。
  眠いのにー。
  だけど妙な感覚よね。揺らされているのに、つまり体を触られてるのに感触がおかしい。ダイレクトに生身を触られてる感じがする。
  これはおかしい。
  だってパジャマ着てるのに素肌を触られてる感触はおかしい。
  それに床の感触も冷たい。
  何故に?
  ……。
  ……ああ。そうか。ボルト101から脱出したんだっけ。
  スプリングベールという残骸で寝てるんだった。
  だけどおかしい。
  服は着てるはずなのに。
  目を開く。
  「やっとお目覚めね、お姫様。奴らに脳味噌を焼かれちゃったかと思ったわ」
  「あんた誰?」
  黒人だ。
  黒人の女性。
  見た事もない奴だ。
  それにおかしいのは、ここは何処だという事だ。
  ボルト?
  そんな感じの清潔感を通り越して気の滅入るほどの滅菌された感じの一室だ。寝転んだまま部屋の中を見る。円形の部屋。さほど広くない。
  天井はガラス張りだ。
  丸見え。
  上は上で部屋があるらしい。上から監視出来るじゃん、どこのボルトだここは。プライバシーないじゃん。
  そもそも私はどこのボルトにいるんだ?
  まさか監督官の追撃部隊に連れ戻された?
  そして拘束、ボルト101にある私の知らん場所に放り込まれた可能性がある。
  「つっ!」
  ズキン。
  頭が痛む。
  考えが纏まらない。
  「頭痛がするのね? 大丈夫、直に治まるわ。何か意味があるのかもしれないけど、直に治まるのよ」
  「そりゃどうも」
  確かに。
  確かにしばらくすると頭の痛みが消えていく。
  女性は私の表情から痛みが消えたのを見ると口を開いた。
  「あなた、よっぽど気に入られたのね。私は服を脱がされなかったけど、あなたは丸裸にされちゃったみたい」
  「丸裸?」
  「どこまでも赤毛よね」
  「はっ?」
  状況認識。
  状況認識。
  状況認識。
  判断完了しました。
  私、全裸。
  ……。
  ……うにゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああボルト101出た直後に丸裸にされたーっ!
  最悪だー。
  おおぅ。
  「ほら」
  何かの布切れを私に投げる。
  ブラとパンツだ。
  「読者サービスは終わりよ。私の替えのだけどあげるわ。まだ使ってない」
  「……よくもまあタイミングよく持ってるわね」
  「いつまでも全裸でいられると『脱走失敗してエイリアンにお仕置きされるバージョンをキボンヌっ!』というメールが来られても困るしね」
  「はっ?」
  「ウェイストランド風のギャグよ」
  よく分からん。
  まあいい。
  私は下着を身につける。服も欲しいところだけどそれは文句の言い過ぎだろう。下着だけでも嬉しい。
  ただ……。
  「貰っておいて悪いけど、このブラ、きついんですけど」
  「豊胸だと自慢してるつもり?」
  「いえ別に」
  そんなつもりはないですとも。
  ほほほ☆
  さて。
  「あなたは誰?」
  「あなたと同じよ。キャピタル・ウェイストランドからエイリアンに誘拐された哀れな実験動物ってわけ。ソマーよ、よろしく」
  「ミスティよ」
  握手。
  どうもここはボルトではないらしい。
  だってこんな奇抜な服装な人はボルトには入れるわけがない。まあ、外の世界では奇抜でも何でもない恰好なのかもしれないけど。
  私には判断材料ないです。
  キャピタル・ウェイストランドでは新入りですし。
  そっかぁ。
  エイリアンに誘拐されたのかぁ。
  ……。
  ……はい?
  「エ、エイリアン?」
  「反応遅いのね」
  「いるのそんなのっ!」
  「ウジャウジャ。一昔前宇宙人否定派に笑われたグレイのような宇宙人がここには沢山いるわ。……ああ。ここは宇宙人の母船」
  「マジっすか」
  外の世界って怖いなぁ。
  ボルト101に戻してくれ監督官様ーっ!
  スプリングベールで寝てる間に拉致されたわけらしい。なんという強制イベント。しかも気付かない間に参加してるわけだし。
  嫌だなぁ。
  「あまり言いたくないけど率直言うわ。私達は監禁されてるの。奴らが私達をいたぶるか、処分するかを決めるまではね。……目は醒めた?」
  「完全に」
  「現状を理解してくれたようで嬉しいわ。余計な説明をクドクドしないで済むし」
  「何で私と一緒に入れられてるの?」
  「逆よ。あなたが私と一緒にいるの。この小さな楽園は私のもの。あなたのものじゃないわ。……なんて冗談言ってる場合じゃないわね」
  「そうね」
  「奴らが私とあなたを一緒にした理由は分からない。新たな実験かもしれないけどそれは奴らにしか分からないわ。交配実験ではなさそうね。……もしかし
  たら性別に見分けがつかないとか? だとしたら連中結構アホね」
  「交配実験」
  笑えない。
  笑えないぞこれはーっ!
  確かにここにいるのがソマーではなく男だったならば。
  うー、考えるまでもなく18禁ルートだったわね。
  ありがとうべセスダっ!
  助かったっ!
  「それでエイリアンは何をさせたいわけ?」
  「こっちが聞きたいわ。奴らの言葉は分からないし。ここには私達以外の人間もたくさんいるわ。それも大勢。奴らは実験ラボに連れて行った人を戻す事も、
  戻さない事もあるわ。いずれにせよ奴らはロクでもない事をやっているはずよ」
  「はあ」
  溜息。
  ボルト101を脱出した途端にエイリアンに拉致っすか。
  凄い幕開けよね、私の冒険。
  やれやれだ。

  「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

  突然、男の悲鳴が響いた。
  何なの?
  「な、何、今の悲鳴?」
  「UFOキャッチャーって知ってる?」
  「ヌイグルミ取るって戦前のゲームの事よね?」
  「そうよ。誰かがクレーン引き上げられたのね。私達はモルモット。科学者が実験する際に小動物を選ぶのと同じよ。クレーンでエイリアンは私達を実験ラボ
  に連れて行く。さて、今なら逃げようと言っても名案と思ってもらえそうね」
  「どうやって出るの?」
  「どこも抉じ開けられない。ドア……と言うのかは分からないけど、そこの出入り口は妙なシールドが展開してるし無意味ね」
  「計画は? それとも思いつき?」
  「ある意味その両方よ。過去に失敗したケースはないし今とやかく言われてもねぇ」
  ここにいる危険性は熟知できました。
  つまり。
  つまりここではリアルクレーンゲームみたいな流れなのだろう。
  エイリアンが『あれ次のモルモットにしよ』と狙いを定めたら天井のガラスみたいな代物が開いてクレーンが降りてくるのだろう。そしてキャッチってわけだ。
  怖いなぁ。宇宙人の発想。
  「ミスティ。奴らは生きた人間が欲しいのよ。理由は聞かないで。知らないから。……とにかく私達が殺し合いを始めれば止めようとするでしょうね」
  「なるほど」
  「だから一芝居打つのよ。本物の喧嘩みたく殴り合って奴らが仲裁に来たところを襲い掛かるって寸法よ。どう? 乗る?」
  「それしかないでしょうね。でもその後は?」
  「さあね。でも最初の一歩は踏み出せる。ここでモルモットにされるのを待つよりはマシよ」
  「分かったわ。それで行きましょう」
  「そう。それでいいのよ。……ただ力は抜いてよ? 本気の喧嘩に見せなきゃ駄目だけど、骨でも折ったら洒落にならないわ」
  「ええ。もちろん」
  私は微笑した。
  その瞬間、私は殴り掛かる。
  だけどソマーはそれを回避。私の拳は空しく外れる。その途端、ソマーの蹴りが私のお腹に直撃。
  痛いーっ!
  全然手加減してないじゃんっ!
  私はお腹を押さえて蹲ると今度は頭上から踵落しがくる。私はフルボッコ状態。
  くっそー。
  私は戦闘なんてボルト101以外ではした事ない。
  あれだって出たとこ任せだ。
  基本的に戦闘は専門外。
  手加減してくれー。

  ブゥン。

  その時、何かの音がした。
  ソマーの攻撃が止まる。私は顔を上げた。出入り口にあったバリアみたいなものが消滅し、エイリアンが2体そこにいた。
  手に先端が青く光る棒を持っている。
  あれがエイリアンか。
  確かにグレイっぽい。安っぽそうな宇宙服みたいなのを着てるなぁ。
  「今よっ! ぶちのめすわよっ!」
  ソマーが叫ぶ。
  私は体の痛みを押し殺してエイリアンどもに突っ込むっ!
  バチバチバチっ!
  「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  光る先端が私に触れた。
  スタンロッドみたいなもんかっ!
  ビクンビクン。
  私はその場に倒れて数度痙攣する。
  「ちょっとっ!」
  ソマーが叫んだ。その声には半分ほど失望感が籠もっていた。
  意味は分かる。
  でも私は基本的に戦闘要員ではないので仕方ないです。だけどソマーはそれなりに実戦を経験しているらしい。エイリアンを蹴散らしていた。
  当然最初の1体は素手で倒したのだろう。
  だとするとエイリアンは肉体的には弱いのかもしれない。
  「うー」
  私は立ち上がる。
  ソマーは先端が青く光る棒を私に一本投げた。私はそれを受け取る。当然ソマーも装備している。エイリアンから鹵獲した武器だ。
  「こいつはショックバトンよ」
  「ショックバトン?」
  「今、私が名前を付けたのよ。文句ある?」
  「いいえ」
  「直に新手のエイリアンが来るわよっ!」
  タタタタタタタっ。
  走る足音が聞こえる。数は2つかな。騒動を聞きつけて新手が来たのだろう。
  今度は私が活躍する番だっ!
  タッ。
  私は床を蹴って走る。素足だからペタペタと緊張感のない音がするけど、まあ、それは仕方ない。
  エイリアンは2体。
  武器は手にしているショックバトン。お互いにね。
  バチバチバチっ!
  「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  ビクンビクン。
  私は再び倒れて痙攣。
  ……。
  ……駄目だ。私は戦闘要員じゃないわ、本気で。
  ボルト101では相手も同じ境遇のもやしっ子だったから私は活躍できたわけでそもそもの能力が高いわけではない。
  弾丸の軌道は見れるけど、純粋に肉弾戦では分が悪い。
  どんなに肉体的にひ弱なエイリアンでもね。
  立ち上がった時、ソマーが相手を再び蹴散らしていた。
  「あんた本気で大丈夫?」
  「……悪かったでござる。次は頑張るので置いて行かないで欲しいでござる」
  「まったく」
  軽い失望感がソマーの顔に浮かんでいた。
  まあ、仕方あるまい。
  相棒失格っすか。
  うー。
  「よし、ミスティ。出口を探すわよ」
  「他にもプランはあるの?」
  「プラン? そうね、私のお陰で部屋の外に出れた。でもプランはそこまで。あとは、もう、出たとこ勝負よっ!」
  「……大層なプランですねー」


  脱走開始。